月: 2019年2月
チェコ・プラハのカレル橋
プラハ城につながるカレル橋には30体の聖人像があります。
その中に、聖人ヤン・ネポムツキー像のレリーフがあります。
ある日、王妃からの懺悔を受けたヤン・ネポムツキー。
夫である王ヴァーツラフ4世が王妃の懺悔の内容を言うように迫りました。
王の命令であっても、ヤン・ネポムツキーは絶対に口をわりませんでした。
聖職者の務めは、人々の懺悔を聞くこと。懺悔の内容は決して口外してはなりません。
王様は怒り、ヤン・ネポムツキーは拷問を受け、カルム橋から川に投げ込まれて亡くなりました。
(1393年)
その後1719年に墓を調べたところ舌が腐らずに残っていました。そのことから聖なる「奇跡」と
認定され聖人と認められました。
そんな逸話があるヤン・ネポムツキーのレリーフに触ると願いが叶うという言い伝えがあるそうです。
上のほうに小さく描かれている、橋の下に落とされそうになっているのが、ヤン・ネポムツキーで
そこを触るのが正解だそうです。
知らないでいると、大きく描かれているところを触りそうですね。
中欧・ハンガリーブダペスト。
先週、中欧に行ってきました。 成田からヘルシンキ経由でブダペストへ、ヘルシンキまでのフライトは順調で予定時刻よりも40分早くの到着。 ヘルシンキき雪降りでブダペストに向かう時に飛行機の中でずいぶんと長い時間待つことになりました。
時差の関係で、ブダペストは夕方到着。 中欧あたりでの直行便はウィーンとワルシャワがある程度で、少し不便さもあります。
ブダペストのホテルは王宮の丘の裏側で、ホテル近くの公園を抜け、長い階段を上っていくとマーチャーシュ教会広場に出ることが出来、出かけていくとライトアップされた教会がきれいに見えました、この地区にはドナウ川を挟む街並みが見える展望台にもなっていて漁夫の砦からの夜景が素敵です。
漁夫の砦はブダ側にあり、川の向こう側がペスト地区。 ペスト地区の国会議事堂のライトアップがみごとです。世界遺産の 国会議事堂の右側半分は現在でも実際に使用されているところです。
翌日は、マーチューシャ教会・漁夫の砦からの観光で、ドナウ川に掛かるブダペストでも有名な橋、鎖橋を渡り、ブダからペストへ中欧は西ヨーロツパと比較すると中世の建物が多く残されていて治安も比較的良いので安心して旅を続けられます。
英雄広場・大聖堂と周り、街中のビアレストランでランチ
中欧はビールが安価で、ジュースを頼むよりも安上がりで、一緒に行った◯◯さんは500ccの他に1リツトのジョッキでビールを飲んでいて、夜の食事時も合わせると、どれぐらい飲んでいたのか?
ランチの後は、ブダペストの街を離れ、スロバキアとの国境の街「エステルコ゜ム」とセンテンドレの街に行きました。エステルゴムはハンガリーの古都で大聖堂はハンガリーで一番大きな教会です。 この地区でドナウ川が直角に曲がっている場所です。川の向こう側がスロバキア。 センテンドレは人気のあるドナウ川沿いの街ですが、この季節は人も少なく、閉まっている店も多かった。 センテンドレ地方では秋にイチゴのワインを造っていて、私は飲みませんでしたが、美味しかったと言っていました。 やっと見つけたイチビワイン
ブダペストに戻り、ドナウ川のナイトクルーズで40分程、両岸の街並みの夜景を楽しんだ後で公害のレストランデ食事。
ドイツから流れ出るドナウ川は幾つもの国を流れる大河です。
民族音楽とダンスのフォークロアディナーでした。
中欧に出かけていく前は、冬の中央はとても寒く・日照時間もかなり少ないと考えていて、防寒対策は万全にして・青空も期待していなかったのですが、以上気象のおかげというのか、気温は例年よりも10℃以上高く、長野よりも寒く感じることはありませんでした。 空にしても冬は月のうち3日程青空が見られればと考えていたのに反した、旅中は、毎日が晴で最終日にほんの少しだけ雪がチラチラ ・・・・・・・・・・・・つづく